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福岡地方裁判所 昭和42年(ワ)445号 判決 1970年6月29日

原告 岡部豊幸

右訴訟代理人弁護士 林健一郎

被告 国

右代表者法務大臣 小林武治

右指定代理人 川井重男

<ほか三名>

主文

一、被告は原告に対し金三〇万円およびこれに対する昭和四二年五月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告

1、被告は原告に対し金五〇万円およびこれに対する昭和四二年五月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

3、仮執行の宣言

二、被告

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者双方の主張

一、原告の請求原因および被告の主張に対する答弁

1、(一) 原告は、和光堂の名称で宝石、貴金属類の行商をしていたものであるが、昭和三九年四月二五日および同月三〇日の二度にわたり、当時原告が居住していた福岡県嘉穂郡穂波町若菜四五番地所在の居宅を物品税法違反の嫌疑で、当時飯塚税務署に在勤していた同署署員堤和男、森山俊男その他五、六名により家宅捜索を受けた。

(二) 右家宅捜索の際、右堤和男等税務署員は、原告に対し、次のような不法行為を行った。

(1) 昭和三九年四月二五日の家宅捜索において右税務署員等は差押令状に基づいて課税の対象となるべき宝石、貴金属類一六〇点を適法に差押えたのであるが右差押えに乗じて「差押えをなすべき物件」でない、当時時価一万円以上の非課税物品たる指輪、ネックレス等約一一〇点をもちろん差押目録を作成せず不法にも持ち去った。同時に右「差押えをなすべき物件」に含まれない原告とその義兄の記念写真をアルバムから剥離して持ち去った。

(2) 同月三〇日の家宅捜索の際、被告が叔父北村憲一に右捜索の対処を相談すべく同日午前一〇時頃前記原告の居宅を出たとたん前記税務署員堤和男他一名は衆人環視の中で何等逮捕の権限もないのに原告の両腕を捕えてその動きを制止し、身体を一時拘束した。

(三) 前記税務署員等はいずれも国家公務員であり、原告は右公務員の前記不法行為によって金銭に評価し難い精神的損害を蒙ったのであるから、被告は国家賠償法第一条第一項によって右損害を賠償する責任があり、その慰藉料は金五〇万円が相当である。

(四) よって原告は被告に対し慰藉料金五〇万円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四二年五月一二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  被告の主張は争う。

二、請求原因に対する被告の答弁および主張

1  答弁

請求原因1(一)の事実は全て認める。同(二)、(1)の事実中原告主張のとおり課税の対象となるべき宝石、貴金属類一六〇点を適法に差押えたこと、その際「差押えをなすべき物件」でない、当時一万円以下の非課税物品たる指輪、ネックレス等約一一〇点を差押目録を作成せず、原告宅から搬出したこと、は認めるが、その他の事実は否認する。同(二)、(2)の各事実は全て否認する。

同(三)の事実中原告主張の税務署員等が国家公務員であることは認めるが、その他の事実は全て否認。

2  主張

前記のとおり昭和三九年四月二五日原告宅を家宅捜索した際、差押物品を原告宅から飯塚税務署へ搬出するにあたり非課税物品たる指輪、ネックレス等の差押えはしなかったので右家宅捜索に従事した当時の飯塚税務署員堤和男外六名は、差押えの対象となる課税物品とその対象外である非課税物品とを混同しないよう差押目録とも照合して選別していたのであるが、偶々、非課税物品たる指輪、ネックレス等約一一〇点については、その収納ケースが、差押物品を収納していたケースと極めて類似しており、両者混同し易く、加えて、原告が右捜索の際非常に興奮していてその捜索には非協力的態度を示し、原告と同居する家人も心理的動揺を制止し得ない状態であったので、前記署員等は早急に原告宅から引揚げる必要があった等の事情が重なり、原告主張の非課税物品を過って税務署へ搬出したのであり故意に持ち去ったものではない。被告は、同月三〇日右過誤に気付いたので、当時の飯塚税務署長野田修一、同間税課長堤武信等は来署した原告に右過誤を深く陳謝し、右非課税物品の返還方を申出たが原告からその受領を拒絶されその後被告は度々、その受領を催促したけれども、その度に原告はその受領を拒否し、結局昭和四一年六月一七日になって原告は被告からの右物品の返還を受領した。したがって、特段の事情のないかぎり、本件による原告の精神的苦痛は既に慰藉されたというべきである。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、1、請求原因1(一)の事実、同(二)(1)の事実中昭和三九年四月二五日行われた家宅捜索において原告主張の税務署員等は差押令状に基づいて課税の対象となるべき宝石、貴金属類一六〇点を適法に差押えたこと、その際「差押えをなすべき物件でない」当時一万円以下の非課税物品たる指輪、ネックレス等一一〇点を差押目録を作成せず、原告宅から搬出したこと、同(三)の事実中原告主張の税務署員等が国家公務員であること、はいずれも当事者間に争がない。

2 ≪証拠省略≫を総合すると、昭和三九年四月二五日の家宅捜索は同日午前六時頃から正午頃にかけて行われたが、当時飯塚税務署に係長として在籍した森山俊男の指図で、江坂、中島等同行の同税務署事務官等が、課税物品と非課税物品とをいずれも原告所有のケース毎に選分し過誤を避けるためその旨を白紙に表示して右物品別に写真に撮り混同しないよう留意していたのであるが偶々非課税物品たる指輪、ネックレス等約一一〇点についてはその収納ケースが差押物品たる課税物品を収納していたケースと極めて類似しており、ケースの外側には区別の標識もなく他に搬出しない同種のケースが数個存在したところから前記税務署員等はケース搬出にあたり、ケースの類似性に眩惑され、内容を確かめることもなく、右両者を収納したケースを共々同一風呂敷の中に包み込み、よって本件非課税物品を原告宅から前記税務署まで搬出したものであること、ただ原告本人が興奮気味であり、原告宅の家人達も家宅捜索を受けたことによる心理的動揺を制し得ない状態であったので、前記署員等としては、早急に事務を処理し原告宅から引揚げる必要を感知していたこと、が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

3 請求原因(二)(1)、の事実中原告主張にかかるアルバムよりの写真剥離の点および同(2)の原告の身体拘束の点は、原告の全立証その他本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

よって、原告の請求原因中右主張部分は理由がない。

4、右認定事実に基づけば、国家公務員として公権力の行使に当る前記税務署員等が、その職務を行うについて過失により違法に原告に対して精神的損害を与えた場合に該当し、被告は原告に対し国家賠償法第一条第一項により損害賠償の責を負うものといわざるを得ない。

二、1 ≪証拠省略≫を総合すれば、原告が前記昭和三九年四月二五日の家宅捜索を受け前記税務署員等が差押物品を搬出した後、原告において右税務署員が作成し原告に交付した領置目録を検討したところ、右領置目録に比較して原告の手元に残された物品が過少であることを発見し原告の叔父北村憲一に相談し、右北村は翌二六日飯塚税務署に赴きその旨を告げ調査方を依頼したが右北村と直接交渉に当った前記森山係長は税務署側に過誤はない、原告の方で今一度調べ直す様申渡し税務署側としては同月二五日同税務署金庫に収納したままの状態を継続し、何等調査する等の処置を講じなかったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

2 ≪証拠省略≫を総合すれば、次の各事実が認められる。

昭和三九年四月三〇日に至り、前記北村が申出たような事情を聞き知った国税局係官から前記税務署に対し原告の右申出につき確認するよう要請があり、驚愕した同税務署が右要請に基づき同署金庫に収納されている原告からの差押物品を点検したところ、原告の申出のとおり本件非課税物品が混同して差押えられている結果が判明、同税務署は同日夕刻、同署を訪れた原告に対し右過誤を深く陳謝し担当者の勤務の関係から返還が遅れた旨の理由を説明し、右非課税物品の受領方を要請したが、原告は同税務署長が原告に対し詫状を認めることを強く要求し、これに応じ得ないとする同税務署側と話合いがつかず結局原告は、右返還の受領を拒絶してそのまま物別れとなり、以後昭和三九年五月一日、同月二日、同月三日と、前記家宅捜索の責任者であった課長、係長が連続して原告宅に赴き陳謝の意を表明し非課税物品返還の受領方を申出たが、所期の目的を達し得ず、それから後も郵便による受領催促を重ねたが、原告はこれに応ぜず受領の拒絶を続け、結局昭和四一年六月一七日に至ってようやく原告は右非課税物品の返還を受領したものである。

≪証拠判断省略≫

3 被告は、原告の精神的苦痛は既に慰藉されている旨主張するけれども、一介の宝石、貴金属類行商人たる原告と強大な公権力を背景に持つ税務署、ひいては被告と両者の地位の懸絶や、とりわけ右二、1、2において認定した如き本件結果判明に至るまでの経緯に鑑みるとき、更に強制捜査は、適正な手続に則して行われるべきであって被疑者の人権を侵害することは許さないという憲法の根本理念に基づくとき、前記認定の経緯だけからして原告の本件精神的苦痛は既に慰藉されたという被告の主張は採用できない。

ただ、その金額の範囲については、本件発生の端緒、被告の過失の程度、本件の結果が判明するに至った経緯、その判明後における原、被告双方の言辞態度等一切の事情を斟酌し金三〇万円をもって相当と認める。

4 したがって、被告は原告に対し国家賠償法第一条第一項により慰藉料金三〇万円および本訴状送達の日の翌日であること本件記録から明らかな昭和四二年五月一二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うものというべきである。

三、以上の次第で、原告の本訴請求は右の限度で理由があるのでこれを認容し、その他は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担について民訴法第八九条、第九二条を適用し、仮執行の宣言の申立は相当でないのでこれを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥飼英助)

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